イケウチな人たち。

by IKEUCHI ORGANIC

好きな人たちと考える、これからの豊かさ

イケウチな人たち。について

パタゴニアはなぜビールを作るのか?「ロング・ルート・ペールエール」に見る「ビヨンドオーガニック」とは

- 「パタゴニア」日本支社長・辻井隆行 -

私たち『イケウチな人たち。』取材班は、よく晴れた春の朝、神奈川県・東戸塚駅前にあるパタゴニア日本本社を訪れました。

IKEUCHI ORGANICの代表取締役社長・阿部哲也が、10年来の同志であり、かつ「環境問題に積極的に取り組む先輩企業」と仰ぐパタゴニアの日本支社長・辻井隆行さんにお話を聞くために。

とはいえ、最初に正直に申し上げておきましょう。編集部があらかじめ考えていた辻井さんとのお話のテーマは、大きく「これからのイケウチオーガニックの在り方について」でした。

けれど、インタビューを始めてすぐに私たちは気がつきました。「用意していたテーマや質問項目は、今日のインタビューにおいてはあまり意味を持たないだろう」ということに。

その理由は、辻井さんが最初に話してくれた、「パタゴニア・プロビジョンズ」のビール「ロング・ルート・エール」のお話を聞くうちに鮮明に見えてきます。

「パタゴニア・プロビジョンズ」は、2012年に開始したパタゴニアの食品事業。「ロング・ルート・エール」は、パタゴニア・プロビジョンズ初のビール製品だ

パタゴニアのミッションは、「We are in business to save our home planet.」。その意味は、「ビジネスが先ではなく、故郷である地球のためにビジネスという手段をもって、解決の糸口を探る」です。

そのパタゴニアが新しく作ったビールの内容、そしてその意図とは?

記事は、前後編の2本構成でお届けします。これらの記事が、どこか誰かの明日と地球の未来を、少しでも明るく照らす道しるべやきっかけになってくれたり、しますように。

What we eat does more than just fill our stomachs and nourish our bodies; good food lifts our spirits and helps us understand the world a little better. Yvon Chouinard, Patagonia Founder.

[私たちが食べるものはたんにお腹を一杯にして 体に栄養を与えるだけではありません。 良い食品は私たちの魂を高揚させ、 世界をより深く理解する手助けをしてくれます]
(引用:パタゴニア公式サイト

パタゴニア日本支社長の辻井さん

IKEUCHI ORGANIC社長の阿部

「環境再生型農業」に見出す新しい可能性

辻井:今は朝9時だからまだ飲めないけど(笑)。これが、パタゴニアのビール「ロング・ルート・エール」です。

阿部:いいですね、置くだけ置いておきましょう(笑)。

辻井:パタゴニアは、アウトドアを愛する創業者のイヴォン・シュイナードが、自分や仲間たちのクライミング・ギアを作ったことが始まりの会社です。

クライミングだけでなく、スキー、サーフィン、スノーボード、フライフィッシング、マウンテンバイキング、トレイルランニングなど……これらのアウトドアスポーツは、どれも「自然を体と五感いっぱいに感じる瞬間」と、その幸せを与えてくれます。

僕も、シーカヤックやサーフィン、スノーボードなど、自然の中で時間を過ごすことが大好きです。

でも、気候変動によって、地球はどんどん変わっていき、自然の恵みは失われる可能性が高くなる一方です。自然を愛する人が集うパタゴニアが、環境問題の改善に動きたいと考え、実行することはとても自然なことで、実際のところ、それは僕たちの根幹であるミッションとなっています。

辻井さんのマイボトル

パタゴニア日本支社のそこここに貼ってある、自然を慈しむ旨のポスターたち

辻井:イケウチさんが、初めてオーガニックコットン100%のタオル「オーガニック120」を発売されたのが1999年。少し前後しますが、パタゴニアも1996年にコットン製品のすべてを、オーガニック・コットンに切り替えました。

それから20年以上が経った今、「次のステップ、つまりビヨンド・オーガニックは一体何か?」という問いの答えとして可能性を見出したのが「環境再生型有機農業」です。

阿部:「環境再生型有機農業」。

私たちは環境再生型農業にこそ、農業のみならず地球の未来があると信じています。(引用:パタゴニア公式サイト

辻井:はい、英語では「リジェネレイティブ・オーガニック・アグリカルチャー」と呼ばれるもの。大きな特徴のひとつとして、「耕さない」もしくは、耕すとしても必要最低限、「ほんの少し」ということにこだわっている点が挙げられます。

多くの農法は、「耕す」という行為によって表土を失ってしまっているんです。一方で、もっと自然に近い方法のひとつ、「耕さない」……つまり「不耕起栽培」で農作物を育てると、農作物の周りにより多くの微生物が集まって、土中の有機物が増え、より多くの炭素を取り込むことができるようになります。

気候変動回復の鍵は「森と海と土による炭素の固定」

阿部:土中の有機物、ですか。
 
辻井:はい。気候変動が進行している要素として、大気中の温室効果ガス濃度が上昇していることが挙げられます。温室効果ガスは悪者みたいに言われることが多いけれど、もともと存在していたものです。

太陽光が地球を照らして跳ね返った後、温室効果ガスがあることによって、赤外線がコタツのように地球を照らして、長い間、人間やほかの生物が暮らしやすい温度に保たれていた。

辻井:ところが産業革命以降、人間が地中に埋まっていた炭素、つまり石油や石炭などの埋蔵化石燃料を掘り出して燃やす、ということを始めたわけじゃないですか。

そうすると、地中にあった炭素が空気中に放出された後、酸化して二酸化炭素になる。そうやって温室効果ガスの濃度が上がることで、必要以上に赤外線が地球を暖めてしまっていると言われているんです。

これを解決する方法はふたつしかなくて、ひとつは、これ以上、Co2を排出しないこと。そしてもうひとつは、すでに排出してしまったCo2をもう一度地中に固定させることです。もともと地球はその力を持っていて、それが森と海と土なんですね。

阿部:森と海と土。

辻井:はい。森は、光合成をして、根っこを通じて炭素を土の中に閉じ込める。海は、海藻や植物性プランクトンがそういう役割を果たしています。

多年草穀物「カーンザ麦」が、地球の未来を変える?

辻井:そして、もうひとつ大切なのが土。今、土壌を回復させようという研究が世界中で盛んに行われています。そんな中で僕たちがビールを発売したのは、この、多年草穀物「カーンザ麦」を使うことで、土壌の健全性回復に貢献したいからです。カーンザ麦の根っこって、めちゃくちゃ長いんですよ。

たしか写真があるはずで……あぁ、あった。これです。

辻井さんのiPhoneに保存されていた、カーンザ麦の写真

後からお借りした、大元の写真

大気中からより多くの炭素を土に封じ込め、土壌内の生物の多様性を回復させることができます。土を耕さなくても成長するので、貴重な表土を守ることができ、従来の小麦よりも少ない水で育ちます。カーンザは、地球がもともと持っていた自然のサイクルをよみがえらせる穀物なのです。(引用:パタゴニア公式サイト

阿部:……長い!!

辻井:長いですよね(笑)。なんでこんなに長くなるかというと、毎年刈らなくていいからです。

一般的な麦って、一年草だから毎年刈る必要があるじゃないですか。でもカーンザ麦は多年草で、時間が経てば経つほど根っこが長くなるから、その周りにいる微生物の量もどんどん増えて、結果として通常の数倍以上の炭素が固定できるようになるんです。

カーンザ麦は、アメリカ・カンサス州サリーナにあるランド・インスティテュートが、30年以上の時間をかけて研究した古代麦と同じように「土を再生する穀物」。そして、そのカーンザ麦を使って作ったのが「ロング・ルート・エール」なんですよ。根っこが長いからロング・ルート。

阿部:ああ! なるほど、そうつながるんですね。

辻井:まだ研究が必要な分野のようですが、「世界中の耕作地をすべて環境再生型農業に切り替えたら、気候変動を引き起こしているCo2濃度の上昇は抑制できる」と唱える研究者がいるくらいです。

カーンザ麦の実用化の目処が立ったとき、パタゴニアが何を作るかという話し合いをする中で、パンを作ろうという話もあったそうです。でも、多くの人にこうした背景を知っていただくには「やっぱりビールだろう」と。

阿部:パンよりもビールの方が、たしかに広がりがありそうですもんね。楽しみながらビールを飲むことが、地球の未来を良い方向に変えることにつながってくれるという流れができる。

香りのいいペールエールは、丹念に作られたグレープフルーツのようなホップの風味と、バランスのいいモルト感のあとに、すっきりとしたドライで爽やかな後味が楽しめます。(引用:パタゴニア公式サイト

次に僕らがリードしていけるとしたら、そういうところかもしれない

辻井:阿部さん。いきなり直球ですけど、オーガニックコットンは広がらなかったじゃないですか。僕らも努力してきたし、イケウチさんも努力してきたし、いろんな人が取り組んできたけれど、生産量はなかなか思うようにはあがらない。

阿部:本当にそうですね。

その理由はさまざまだと思うけれど、パッと見た経済性の低さ、というところにもあるのかもしれない。それは心の底から、変わってほしいところだとも思うけれど。

辻井:はい。でも、環境再生型農業なら、もしかしたら違いが作れるかもしれない。

さっきも似たようなことをお話しましたが、毎年根を刈るのは、根っこが短いことで穀物は種の存続の危機を感じて、たくさん子孫を残そうとするから。そうすると、一年毎の収穫量が上がるわけです。

でもそうやって短期的な生産性や効率性だけを追っていくと、根っこが伸びず、土壌の健全性が下がり、結局、たくさんの化学肥料や農薬に頼らざるを得ないし、土を柔らかくするために工作機械代や人件費が上がったりする。余計なコストがかかる分、収穫量が上がっても、収入は上がらない。

でも環境再生型農業であれば、農薬や化学肥料、さらには工作機械や人件費などのコストが低いから、「単年度の収量は落ちても、中長期的なスパンで考えたら、経済的にも優位性が見込める」という研究結果も出始めています。

そういう視点からも、パタゴニアやイケウチさんが率先して、オーガニックコットン栽培を環境再生型農業に切り替えていくというのは可能性としてあるんじゃないかと思っています。

全員:(なるほど……!)

世界に目を向けたら、投資の風向きと時間軸が変わってきてる

辻井:今、世界を見ると投資のあり方もどんどん変わってきています、とくに海外では。

地球のおおよその埋蔵化石燃料は、既に数字として算出されています。同時に、パリ協定が結ばれて、地球の平均気温の上昇を産業革命前と比べて2℃未満に、出来れば1.5℃に抑えるという目標が出来たことによって、その埋蔵量の20%程度しか掘ることが出来ないことも明らかになっています。

世界中の企業が、残りの埋蔵化石燃料は紙くず同然になりますよ、ということを前提に企業戦略を立てている。だから、たとえば「そんなものを燃料にしている発電施設への投資は、危なくてできない」と世界中の多くの投資家たちは判断して、どんどん手を引いていっている。G7各国では、石炭火力発電所は次々に閉鎖していますし、新規建設の計画もほとんどありません。

一方、日本国内ではなぜか、石炭火力発電所が100基も稼動している上に、さらに、29基もの新設が計画されている。それは僕には信じられないことです。

デイビット・モンゴメリーという博士が著した『土・牛・微生物ー文明の衰退を食い止める土の話』という本があるんですが、その冒頭に、古代サンスクリット語の聖典の引用文が記載されています。たしか、「土を滅ぼせば人間も滅びることになる」という趣旨だったと思います。

4,000年以上も前に生きた人が、土だけは大事にしなきゃって言っているんです。一方で、近代化の中で生きてきた僕たちは、エネルギー問題や農業のあり方に限らず、人間や他の生命が暮らしていくための地球のあり方そのものを壊し続けるようなライフスタイルを送り続けてしまった。

でも、それをもう一度取り戻すような方向に大きく舵を切れば、持続可能な暮らしを取り戻すという話は、光が見えてくるような気がしています。

There’s a change in society right now, where people are looking for a simpler life and they want to go back and eat real food, plant their own garden and see where food comes from. If we go back to a simpler life, it’s not going to be an impoverished life. It’s going to be a much richer life.

[社会には今変化が起きている。人々はよりシンプルな生活を求め、昔のように本物の食事を欲し、自分の庭に植物を植え、食品がどこからやってくるのかを知りたがっているよりシンプルな暮らしとは貧しい暮らしのことではない。それはずっと豊かな暮らしなんだ]
(引用:パタゴニア公式サイト

パタゴニア(patagonia)
執筆:伊佐 知美/撮影:木村 雄司/編集:藤村 能光

WRITER

ライター / フォトグラファー
1986年新潟県生まれ。横浜市立大学卒。三井住友VISAカード、講談社勤務を経てWaseiに入社。どうしても書き仕事がしたくて、1本500円の兼業ライターからキャリアを開始。現在は世界各国、日本全国を旅しながら暮らしています。とにかく旅と写真と文章が好き。

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